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東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)157号 判決

原告

バリアンアソシエイツ・インコーポレイテツド

被告

特許庁長官

右当事者間の昭和55年(行ケ)第157号審決(特許願拒絶査定不服審判の審決)取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

特許庁が、昭和55年1月8日、同庁昭和53年審判第10907号事件についてした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第2請求の原因

原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

1  特許庁における手続の経緯等

訴外バリアン アソシエイツは、1967年(昭和42年)8月21日、アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和43年8月21日、名称を「動作パラメータを補正するための計算機機構を使用するスペクトロメータ装置」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和43年特許願第59262号)をし、昭和51年8月9日特許出願公告(特公昭51―26829号)されたが、特許異議の申立てがあり、その結果、昭和53年3月13日特許異議の決定と同時に拒絶査定がなされたので、同年7月18日、これを不服として審判の請求(昭和53年審判第10907号事件)をしたが、昭和55年1月8日、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決(以下「本件審決」という。)があり、その謄本は、同月30日訴外バリアン アソシエイツに送達された(出訴期間として3か月付加)。原告は、1976年(昭和51年)10月7日、合併により訴外バリアン アソシエイツから本願発明についての特許を受ける権利を承継し、昭和55年6月24日、被告にその旨の届出を了した。

2  本願発明の要旨

1 スペクトル・データをその中に記憶する記憶器を有しその記憶されたデータに対して論理操作を行う計算機を形成する機構と、記憶器の中に記憶するためにスペクトル・データを前記計算機機構に供給する機構とを具備する処の、分極磁界中の試験されるべき物質の試料からスペクトルデータを得るための或る動作パラメータを有するスペクトロメータであつて、前記スペクトロメータの動作パラメータの少なくとも1つを補正するための出力を取出すように前記記憶されたスペクトル・データを処理する機構、並びに、補正出力を前記スペクトロメータに供給して補正されたスペクトル・データを得るようにその動作パラメータを補正する機構を具備することを特徴とする処の、スペクトロメータの装置。(以下、この発明を「本願第1発明」という。)

2 スペクトル・データをその中に記憶する記憶器を有しその記憶されたデータに対して論理操作を行う計算機を形成する機構と、記憶器の中に記憶するためにスペクトル・データを前記計算機機構に供給する機構とを具備する処の、分極磁界中の試験されるべき物質の試料からスペクトル・データを得るための或る動作パラメータを有するスペクトロメータであつて、前記スペクトロメータの動作パラメータの少なくとも1つを補正するための出力を取出すように前記記憶されたスペクトル・データを処理する機構、並びに、補正出力を前記スペクトロメータに供給して補正されたスペクトル・データを得るようにその動作パラメータを補正する機構を具備することを特徴とし、更に前記計算機機構が、予め定められたプログラムに従つて前記スペクトロメータ機構の動作パラメータの少なくとも1つを変化させる機構を含み、補正出力を取出すように前記記憶されたデータを処理する前記機構が、前記スペクトロメータの動作パラメータを変化した結果として生じた記憶されたデータを処理して補正出力を取出すために記憶されたスペクトル・データの中の屈曲値を決定する機構を含む処の、スペクトロメータ装置。(以下、この発明を「本願第2発明」という。)

3  スペクトル・データをその中に記憶する記憶器を有しその記憶されたデータに対して論理操作を行う計算機を形成する機構と、記憶器の中に記憶するためにスペクトル・データを前記計算機機構に供給する機構とを具備する処の、分極磁界中の試験されるべき物質の試料からスペクトル・データを得るための或る動作パラメータを有するスペクトロメータであつて、前記スペクトロメータの動作パラメータの少なくとも1つを補正するための出力を取出すように前記記憶されたスペクトル・データを処理する機構、並びに、補正出力を前記スペクトロメータに供給して補正されたスペクトル・データを得るようにその動作パラメータを補正する機構を具備することを特徴とし、更に前記計算機機構が、前記スペクトロメータのスペクトル・データを決定する性質を持つ少なくとも2つの動作パラメータにパラメータ空間中の値の或る予め定められた組合わせを取らせる機構を含み、補正出力を取出すように記憶された共鳴データを処理する前記機構が、補正出力を決定するために前記スペクトロメータの動作パラメータに対する値の組合わせの結果として生じた記憶されたデータを処理する機構を含む処の、スペクトロメータ装置。(以下、この発明を「本願第3発明」という。)

4  スペクトル・データをその中に記憶する記憶器を有しその記憶されたデータに対して論理操作を行う計算機を形成する機構と、記憶器の中に記憶するためにスペクトル・データを前記計算機機構に供給する機構とを具備する処の、分極磁界中の試験されるべき物質の試料からスペクトル・データを得るための或る動作パラメータを有するスペクトロメータであつて、前記スペクトロメータの動作パラメータの少なくとも1つを補正するための出力を取出すように前記記憶されたスペクトル・データを処理する機構、並びに、補正出力を前記スペクトロメータに供給して補正されたスペクトル・データを得るようにその動作パラメータを補正する機構を具備することを特徴とし、更に前記計算機機構が、予め定められたプログラムに従つて前記スペクトロメータ機構の動作パラメータの少なくとも1つが変化されるようにさせる機構を含み、補正出力を取出すように記憶されたデータを処理する前記機構が、動作パラメータを変化した結果として生じた記憶されたスペクトル・データを動作パラメータの以前の変化の結果として生じた記憶されたスペクトル・データと比較してその補正出力を取出す機構を含む処の、スペクトロメータ装置。(以下、この発明を「本願第4発明」という。)

3  本件審決理由の要点

本願発明の要旨は、前項記載のとおりと認められるところ、特許異議の決定において引用された特公昭34―4099号公報(以下「第1引用例」という。)には、分極磁界中の試験されるべき物質の試料からスペクトル・データを得るための動作パラメータを有するスペクトロメータにおいて、前記スペクトロメータの動作パラメータである分解能を示す信号を補正するために、オシロスコープ上の観測信号を見ながら、動作パラメータを補正する機構としての、磁界補正電流を制御する可変抵抗を調整して、観測信号が最大分解能の状態になるように合わせて磁界の均一性を改善し、補正されたスペクトル・データを得るようにした装置が記載されている。また、第1引用例とともに引用された「オートメーション」1964年第9巻第1号第39頁ないし第45頁(以下「第2引用例」という。)には、電子計算機を利用した最適化制御をプロセスへ応用することの問題点、応用例等について具体的な記載が認められる。この応用例の記載の1つに、ナフサを熱分解してアセチレンとナフサを取る装置に最適化制御を採用した例があり、これは、ナフサ、酸素、燃料、スチーム、分解ガスの各流量とガスクロマトグラフによつて分析されたアセチレンとエチレンの濃度とがアナコンに入れられ、アナコンで計算された目的関数の値がオプコンに入れられ、その出力で酸素及び燃料ガスの流量が変化されるようになつており、最適な酸素と燃料ガスの流量は、試行法を採用し、アナコンにより求めるものである。したがつて、この記載の中には、ある系を一定の目的(最適)の状態にするために、動作パラメータを選定し、これを検知して電子計算機により処理し、この出力信号により動作パラメータを補正する機構を操作するという技術的思想を認めることができる。

以上認定したところに基づき、本願第1発明と第1引用例の記載とを比較するに、両者は、分極磁界中の試験されるべき物質の試料からスペクトル・データを得るための動作パラメータを有するスペクトロメータであつて、補正されたスペクトル・データを得るようにその動作パラメータを補正する機構を具備するスペクトロメータ装置という点で一致し、本願第1発明のスペクトロメータ装置が、スペクトル・データを記憶する記憶器を有し、その記憶されたデータに対して論理操作を行う計算機機構、記憶器の中に記憶するためにスペクトル・データを計算機機構に供給する機構及び動作パラメータを補正するための出力を取り出すように記憶されたスペクトル・データを処理する機構を有しているのに対し、第1引用例記載の装置は、オシロスコープの映像を監視しながら動作パラメータを補正する機構を操作するものであるため、当然のことながら、前記計算機機構、データを計算機機構に供給する機構及びデータを処理する機構を有していない点で相違している。そこで、右相違点について検討するに、前記のとおり、系の動作パラメータを検知し、この検知出力を計算処理し、動作パラメータを補正することにより、所定の状態で系を運転できるようにすることは、第2引用例において公知であり、また、一般に、人手による操作に代えて、電子計算機を具備した制御機構を各装置に導入することは、各種産業界において行われているところであるし、電子計算機が、記憶器を有し、記憶したデータに対し論理操作を行うもので、記憶されたデータを処理する機構を主要な構成要素として具備していることを勘案すると、右相違点は、当業者が必要に応じて容易に着想し得る域を出ないものと認められる。

以上のとおりであるから、本願第1発明は、第1引用例及び第2引用例の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、結局、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。よつて、本願発明の特許出願は、本願第2発明ないし第4発明について判断をするまでもなく、拒絶をすべきものに当たるといわざるを得ない。

4  本件審決を取り消すべき事由

第1引用例に本件審決認定のとおりの装置が記載されていること、及び本願第1発明の装置と第1引用例記載の装置との間に本件審決認定のとおりの一致点及び相違点があることは認めるが、本件審決は、本願第1発明と第1引用例記載の発明との間に存する相違点の一部を看過し、かつ、第2引用例に開示された技術的思想の認定を誤つた結果、本願第1発明と第1引用例記載の発明との相違点についての対比判断を誤り、ひいて、本願第1発明は、第1引用例及び第2引用例の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの誤つた結論を導いたものであつて、この点において、違法として取り消されるべきである。すなわち、

1 本願第1発明と第1引用例記載の発明との相違点の看過について

本願第1発明も第1引用例記載の発明も、共に、単に核磁気共鳴を起こさせるだけではなく、最適な共鳴状態を形成する要因(動作パラメータ)を補正することによつて、生じている共鳴状態を更に改善し、補正されたより鋭い共鳴スペクトル(スペクトル・データ)を得て、より正確な共鳴点を探し出そうとするスペクトロメータ装置についての発明であるが、本願第1発明の装置が、本願発明の明細書の特許請求の範囲1に「前記スペクトロメータの動作パラメータの少なくとも1つを補正するため」とあるとおり、また、本願発明の特許出願の願書添付の第5図に示されているとおり、動作パラメータの1つだけを単独で有するとか、動作パラメータを2以上有するとかいつた装置ではなく、例えば、分極磁界の均一性、無周波数共鳴励振電磁界の位相又は周波数又はその両者等の複数の動作パラメータのうちで、少なくとも1つの動作パラメータについて補正を行う装置であつて、1つの動作パラメータを補正しているときの本願第1発明の装置は、単に1つの動作パラメータが動作状態にあるだけであるのに対し、第1引用例記載の装置は、磁界の均一性という1つの動作パラメータについて補正を行う装置であつて、両者は、動作パラメータの数を異にしているが、本件審決は右相違点を看過している。被告は、本願第1発明は、スペクトロメータ装置の集合と解すべきであり、したがつて、1つの動作パラメータを補正する機構を具備するスペクトロメータ装置を包含している旨主張しているが、右主張の理由のないことは、前記本願発明の明細書の特許請求の範囲1の記載及び本願発明の特許出願の願書添付の第5図の記載から明らかであるばかりか、本願第1発明のスペクトロメータ装置を、さまざまな動作パラメータを補正する機構をそれぞれ具備するスペクトロメータ装置の集合とし、「1つの動作パラメータを補正する機構を具備するスペクトロメータ装置」が、集合たるスペクトロメータ装置の1要素であるとすると、1つの動作パラメータを補正する機構を具備するスペクトロメータ装置は、1つの完結した発明であるから、本願第1発明には、さまざまな数の動作パラメータを補正する機構を具備するスペクトロメータ装置に係る発明の集合が記載されていることになり、明細書の特許請求の範囲の各項には、1つの発明を記載すべきであるとすることと矛盾することになるのであつて、被告の右主張は誤りである。

2 第2引用例に開示された技術的思想の認定の誤りについて

本件審決は、第2引用例の記載中に、ある系を一定の目的(最適)の状態にするために、動作パラメータを選定し、これを検知して電子計算機により処理し、この出力信号により動作パラメータを補正する機構を操作するという技術的思想を認めることができ、かつ、そうした技術的思想は第2引用例により公知である旨認定しているが、右認定は、第2引用例に開示された事項を超えた極めて包括的で抽象的な認定といわざるを得ず、第2引用例から読み取れる公知技術の範囲を超えたものであつて、第2引用例に開示された技術的思想を誤認したものといわざるを得ない。すなわち、第2引用例は、最適化制御が実際のプロセスにおいて、どのように応用され得るか、また、その問題点がどこにあるかといつた点を解説したものであつて、第2引用例「1、プロセス工業における最適とは何か」と題する項には、「結局あるプラントにおいては、その最後の目的は、そのプラントにおいて、最大の利益をあげることである。」(甲第7号証第39頁右欄第7行及び第8行)、「プラントの目的が利益の最大を求めるものである以上、プラントの最適運転条件とは、プラントの利益が最大になるような運転条件ということになる。」(同号証同頁右欄第15行ないし第17行)、「つまり最適化制御を行なうとするならば、その目的関数はプラントの利益でなければならないということになる。」(同号証同頁同欄第17行ないし第19行)、「このように具体的な目的関数はいろいろと異なつても、それが結局はプラントの利益ということに帰着するということは忘れてはならないことである。」(同号証第40頁左欄第12行ないし第14行)という記載があることや、第2引用例のその余の一般的な事項についての記載から、プロセス工業において、最適化される対象はプラントの利益であり、このプラントの利益は、経済的、かつ、人為的に設定され、目的関数を用いて表されるもので、その目的関数は、人為的に選定されたパラメータで構成され、右パラメータを変化させる方法として試行法とモデル方法があり、第2引用例において、最適化制御とは、プラントの利益を最大にするために、プラントの利益を表す目的関数を設定し、その目的関数を構成するパラメータを試行法又はモデル法により変化させて、その利益が最大となるパラメータ値を決定し、その値で装置を運転して制御することであることが分かる。また、「試行法を熱分解反応に応用した例」(同号証第42頁右欄第42行ないし第44頁左欄第23行)は、プラントの利益を最大にすることが目的であつて、熱分解反応をよりよく行うことを目的としていない。そして、右応用例の記載からは、プラントの利益を最大にするために目的関数をまず設定しなければならないこととして、プラントの利益を最大にするように熱分解反応装置を制御し、運転することも明らかである。当然ながら、ここで設定される目的関数は、パラメータを処理するためにだけ設定されたのではない。なお、この応用例において、電子計算機が行うことは、与えられた目的関数の中に、各種の流量及び濃度を代入し、計算するだけであつて、試行法により酸素及び燃料ガスの流量(パラメータ)を変化させるのはオプコンである。また、「デイジタル型電子計算機を用いたモデル法の例」(同号証同頁同欄第24行ないし第45頁左欄第7行)は、パイプスチール式の反応炉の例で、この炉内の熱分解反応をシミユレーシヨンを行つて数学的モデルを作る方法が示されているが、「この文献ではもつぱらシミユレーシヨンの理論的面での展開についてふれており、目的関数および数学モデルによる最適化の部分についてはふれていない。しかし、これについては目的関数はコストであり、最適解を求めるのはリニヤプログラミングによつたことが推定されている。」(同号証第44頁右欄第38行ないし第43行)との記載から分かるように、この応用例も目的関数が設定されるのであり、その目的関数を構成するパラメータをシミユレーシヨンで作つた数学的モデルを用いて変化させることは明らかである。更に、「バツチ反応の最短時間整定」の例(同号証第45頁左欄第8行ないし同頁右欄第25行)も、「このような最短整定時間の問題は、目的関数が整定時間であると考えれば、1種の最適化制御であると考えられる。」(同号証第41頁右欄第18行ないし第20行)との記載から分かるように、分解反応装置の反応を効率よく行うことを目的としているのではなく、整定時間(装置の運転開始から装置が効率よく作動するまでの時間)を表す目的関数を最も最適、すなわち最短にすることを目的としており、目的関数が設定されていることが明らかである。以上のように、第2引用例に記載されている最適化制御の応用例は、いずれも人為的に設定された目的であるプラント利益、コスト又は整定時間を最適にするために、プラント利益、コスト又は整定時間を表す目的関数を設定し、その目的関数を構成するパラメータを試行法又はモデル法により変化させ、プラント利益等が最大となるパラメータ値を決定し、その値で装置を制御して運転する例であつて、右応用例に開示された技術的思想をいかに帰納しても、目的関数が設定できない装置の最適化制御の技術的思想まで開示されていると解することは不可能である。しかしながら、本件審決は、第2引用例記載の最適化制御の目的について、「ある系を一定の目的(最適)の状態にするため」と認定しており、そのような包括的で抽象的な認定では、目的関数を設定できない装置自体の最適化、例えば、装置が分解反応装置だとすると、その分解をよりよく行わす目的の最適化も最適化制御の対象として含まれることになるのであつて、本件審決の右の認定は、第2引用例の具体的開示を超えた、きわめて包括的で抽象的な認定といわざるを得ない。また、第2引用例に記載されている計算機は、目的関数であるプラントの利益を増加させるために、陽に与えられた目的関数を流量、濃度等種々の測定値(パラメータ)を用いて計算し、右目的関数の値が増加するように、一定方針に従つて試行法又はモデル法により右目的関数を構成するパラメータを補正して処理するものであつて、目的関数が存しない場合の計算機の処理動作と異なることは明らかである。しかるに、本件審決は、計算機の役割を「これを検知して電子計算機により処理し」と曖昧に認定しており、この認定では、このような異なる計算機の処理動作を包含することになる。第2引用例には、前記のとおり、目的関数を必ず設定した最適化制御しか記載されていないのであるから、電子計算機の処理動作についての右の認定は、第2引用例の具体的開示を超えるもので誤りであるといわざるを得ない。

被告は、本件審決認定の技術的思想とは、最適化制御の一般理論に相当するものであり、第2引用例の記載中に内含されているものであり、本件審決は、これをただ挙示したにすぎない旨主張しているが、右主張は、被告の主張する一般理論というものに第2引用例記載の応用例が当てはまることを示すにすぎず、第2引用例記載の文言から、直接に右の一般理論が把握されることを論証するものではない。また、被告は、最適化制御の一般理論が既に存在することを前提として、一般理論からは、経済的要請か技術的要請かは別個の問題でしかなく、第2引用例の記載からその背後にある一般理論を把握することが可能である旨主張するが、一般理論の存在を前提として、その一般理論の把握の可能性を論じること自体が不合理であり、論証の体をなさない。また、一般理論が存在したとしても、そのことから直ちに特定の応用例を示すにすぎない第2引用例の記載自体から、その背後にある一般理論の技術的思想を把握することが可能であるとはいえず、更に、前記のように、第2引用例記載のものは、経済的要請だけに基づくものであつて、技術的要請は存在しないのであるから、経済的要請か技術的要請かは別個の問題でしかないという主張自体が、第2引用例に開示された事項を超えた主張であつて、右主張は理由がない。

3 本願第1発明と第1引用例記載の発明との相違点についての対比判断の誤りについて

本件審決は、本願第1発明と第1引用例記載の発明との相違点について、「当業者が必要に応じて容易に着想し得る域を出ないものと認められる」と認定判断しているが、右の認定判断は誤りである。すなわち、

第2引用例に記載された最適化制御とは、プラントの利益を最大にするために、プラントの利益を表す目的関数を設定し、その目的関数を構成するパラメータを試行法又はモデル法により変化させて、その利益が最大となるパラメータ値を決定し、その値で装置を運転して制御することを意味することは前項で述べたとおりであつて、このプラントの利益を表す目的関数によつては、プラント装置のそれ自体の状態、例えば分解反応装置においては分解がよりよく行われているかといつた分解工程の状態を表すことができず、目的関数を最大にしても分解の状態が最良の状態で行われていることにはならない。要するに、第2引用例における目的関数は、装置そのものの最適化における計算機の処理動作のために与えられているのではなく、最適化の対象そのものとして設定されているのであつて、プラントの利益を最大にすることとプラントの装置を最良の効率で運転すること、すなわち、装置を最適化することとは、明らかに別のことなのである。一方、本願第1発明における最適化の対象は、装置そのものであつて、磁気回転共鳴を最良に起こさせる状態を形成することが、本願第1発明における最適化を意味するのである。ところで、磁気回転共鳴の状態を示すスペクトル・データに寄与する動作パラメータとして、試料に印加する磁界を一様にするための磁界傾斜補正コイルの電流、試料の自転速度等があるが、これらのパラメータとスペクトル・データの間を目的関数のようなもので関連付けることはできない。つまり、本願第1発明における最適化において、目的関数が与えられていないのは、計算機の動作処理上必要があるとか、ないとかいう計算技術の問題ではなく、本質的に存在し得ないからである。また、右原理上の相違に基づいて、計算機の動作内容も、第2引用例の場合と本願第1発明とでは相違する。すなわち、第2引用例記載の計算機の動作内容は前項記載のとおりであるのに対し、目的関数が設定され得ない本願第1発明の装置における計算機の動作内容は、本願発明の明細書の特許請求の範囲1記載のとおり、「スペクトロデータをその中に記憶する記憶器を有しその記憶されたデータに対して論理操作を行う」もので、右に論理操作とは、例えば、「計算機2はピーク高さの測定値を比較し、基準共鳴線の最大のピーク高さを生ずるようなそれぞれの磁界傾斜消去コイルに対する補正電流を選択する」こと、すなわちスペクトル・データを処理することをいうのであつて、スペクトル・データを処理することによつて、動作パラメータを変化させ、共鳴が最大となるところを探すという動作をするものである。これを要するに、装置そのものを最適にするために使用され、目的関数を設定し得ない本願第1発明における計算機の動作と、目的関数を設定し、その目的関数で表されるプラントの利益を最大にするために使用される第2引用例における計算機の動作とは明らかに異なるものである。以上のように、第2引用例における最適化制御の対象、構成、計算機の動作、作用、効果と本願第1発明のそれとが異なるのであるから、そうした本願第1発明と第2引用例とを、何らの媒介なく有機的に組み合わせることは理論的にも実際的にも不可能であり、また、第2引用例に開示された技術的思想が、被告が主張するような最適化制御についての一般論であるならば、なお更それを有機的に組み合わせることは不可能なのであつて、仮に、そのような組合せができたとしても、動作パラメータが1つのスペクトロメータ装置を推考し得るにすぎず、本願第1発明のような、複数(正確には、少なくとも1つ)のパラメータを扱い、それらを補正して装置の最適化を行うスペクトロメータ装置を推考することはできない。この点について、被告は、「スペクトロメータ装置が複数の動作パラメータを有することは、スペクトロメータ装置の原理上、機構上からいえることである。」旨、また、本願発明の特許出願前に種々のパラメータが公知であることを前提として、装置の設計条件(分析対象、精度、コスト等)に応じてこれに適したパラメータによる補正や動作パラメータを組み合わせて使用することを着想することは、何らの困難性も伴わない旨主張しているが、スペクトロメータの原理は、被試料に磁界を印加して、複数の量子状態を形成し、それら量子状態間へのエネルギー供給又はそれからのエネルギー放出を観測することにより、原子の量子状態を測定するという点にあるのであつて、原理上動作パラメータが介入する余地は全くなく、また、動作パラメータはスペクトロメータ装置を実施するうえで、必要に応じて人為的に導入するものであつて、「機構上本来具備している」との主張は、明らかに誤りである。また、当業者であれば、必要に応じて第1引用例と異なるパラメータ、例えば、磁界の安定化を動作パラメータとすること自体を着想することはできるかもしれないが、着想をいかに寄せ集めたところで具体性のある発明となるわけではなく、例えば、乙第3号証(昭38―9496号特許公報)に開示された、磁界の安定化を動作パラメータとする装置についての発明が、第1引用例の特許出願後に出願されたものであるにもかかわらず、出願広告されたのは、動作パラメータを補正する手段の具体化において困難性を有し、それを解決したからにほかならないのであつて、乙第3号証は、1つの動作パラメータであつても、その補正の具体化に困難性ありとして出願公告されているのであるから、ましてや2つ以上の動作パラメータを組み合わせて補正する装置を発明することに困難性がないとはいえないのであつて、被告の右主張は、失当である。更に、被告は、本件審決は、本願第1発明と第1引用例記載の装置とを比較し、第1引用例記載の装置は、本願第1発明が最適化制御に電子計算機を導入しているのと異なり、手動であるが、この差異は最適化制御が第2引用例に記載されており、また、計算機による制御が各分野で実施されている現状から当業者が必要に応じ容易に着想し得る域を出ない旨主張するところ、前記のとおり、第1引用例記載の装置は、動作パラメータが1つであるから、人手による補正操作を行うことができるのであるが、本願第1発明は、人手による操作に代えて電子計算機を具備したものではなく、人手ではできないことを電子計算機で処理しようとするものであつて、2以上の動作パラメータを、しかも、それら動作パラメータ間の関係をも考慮して人手によつて補正することは不可能であり、仮に、補正することができたとしても、スペクトル・データの一層の悪化を招くだけであるのであつて、被告の右主張は失当である。

以上のように、第1引用例記載の発明に基づいて本願第1発明を推考するには、第1引用例の技術的思想を、1つのパラメータに関するものでなく、複数のパラメータを扱うものへと一般化・抽象化するとともに、第2引用例の記載事項をも一般化・抽象化し、かつ、それらを有機的に組み合わせるという3段階の推考が必要であり、そうしたことが容易に着想し得るものとはいえないことは明らかである。

第3被告の答弁

被告指定代理人は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。

1  請求の原因1ないし3の事実は、認める。

2  同4の主張は、争う。本件審決の認定判断は正当であり、原告主張のような違法の点はない。

1 相違点を看過した旨の主張について

第1引用例記載のスペクトロメータ装置が分極磁界の均一性という1つの動作パラメータを扱うものであることは認めるが、本願第1発明は、スペクトロメータ装置の集合と解すべきであり、したがつて、1つの動作パラメータを補正する機構を具備するスペクトロメータ装置を包含しており、この意味で、本願第1発明と第1引用例記載の発明とが一致しているとの本件審決の認定判断に誤りはない。すなわち、本願発明の明細書の特許請求の範囲1には、「前記スペクトロメータの動作パラメータの少くとも1つを補正するための……記憶されたスペクトル・データを処理する機構、並びに、……その動作パラメータを補正する機構を具備する……スペクトロメータ装置。」との記載があり、本願第1発明は、「記憶されたスペクトル・データを処理する機構」と「その動作パラメータを補正する機構」の2つの機構を構成要件としている。そして、特許請求の範囲における「その動作パラメータを補正する機構を具備する」の中の「その動作パラメータ」が、前記の「動作パラメータの少なくとも1つ」を指すものであり、更に、「少なくとも1つの」字句は、1つ、2つ、3つ……という数字のそれぞれの集合を意味するものであるから、動作パラメータの補正に限つていえば、本願第1発明のスペクトロメータ装置は、「1つの動作パラメータを補正する機構を具備するスペクトロメータ装置」、「2つの動作パラメータを補正する機構を具備するスペクトロメータ装置」、「3つの動作パラメータを補正する機構を具備するスペクトロメータ装置」と上述の数に対応するだけの数の動作パラメータを補正する機構をそれぞれ具備するスペクトロメータ装置の集合と解するのが妥当である。そして、右解釈によれば、スペクトロメータ装置として不合理な点がなく理解できるのである。また、右解釈の正当性は、本願発明の明細書の発明の詳細な説明の項の記載を参酌することにより一層明白である。すなわち、本願発明の1特質としての説明における「計算機を使用するスペクトロメータ装置において……スペクトロメータの動作パラメータの1つ又はそれ以上を補正するために……補正出力を取出す機構とを具備することである。」(甲第2号証第2頁第4欄第26行ないし第33行)の記載は、前記特許請求の範囲1の記載と実質的に同一内容であり、これにより、特許請求の範囲1における「少なくとも1つ」が、発明の詳細な説明における「1つ又はそれ以上」に相当することが分かる。そして、発明の詳細な説明が、「1つ又はそれ以上」、すなわち、「1つ」と「それ以上」とに分け、択一的に表現していることからみても、「1つの動作パラメータを補正する機構を具備するスペクトロメータ装置」が、集合たるスペクトロメータ装置の中の一要素であることは明らかである。しかも、発明の詳細な説明の項には、「1つ又はそれ以上」の記載が、他にも繰り返し述べられており(同号証第3頁第5欄第2行及び第3行並びに同欄第6行)、この記載の重要性をうかがわせている。このように、本願第1発明は、スペクトロメータ装置の集合と解すべきであつて、1つの動作パラメータを補正する機構を具備するスペクトロメータ装置を包含している。一方、第1引用例記載の装置は1つの動作パラメータを補正する機構を具備するのであつて、この点において両者に相違はなく、したがつて、本件審決が両者の相違点を看過した事実はない。原告は、1つの動作パラメータを補正しているときの本願第1発明のスペクトロメータは、単に1つの動作パラメータが作動状態にあるだけである旨主張しているが、右主張は誤りである。

2 第2引用例記載の技術的思想の認定を誤つた旨の主張について

本件審決が認定した、第2引用例に記載された技術的思想とは、最適化制御の一般理論に相当するものであり、第2引用例の記載中に内含されているもので、本件審決は、これをただ挙示したにすぎない。すなわち、第2引用例には、電子計算機を利用した最適化制御をプロセスへ応用することの問題点の解説と具体的応用例が記載されており、本件審決の認定したナフサを熱分解する反応装置に関する応用例もその1つであるが、応用例という以上、それには、応用の基礎となるべき一般的原理なり思想が前提として当然に存在するのであり、応用例から帰納して一般的原理なり思想を見出すことは可能であるし、その過程で抽象化が行われることは当然である。第2引用例の場合において、右の一般的原理又は思想に当たるのが最適化制御の一般理論(本件審決が認定した技術的思想に相当する。)にほかならないのである。ところで、本件審決が第2引用例に基づいて認定した最適化制御の一般理論は、第2引用例記載の文言から直ちに把握できるものである。すなわち、本件審決が認定したナフサを熱分解してアセチレンとエチレンを取る反応装置の例は最適化制御の応用例であるから、その記載内容を一般化して把握し、目的的に表現すれば、本件審決のように「ある系を一定の目的(最適)の状態とするために」というような表現になることは多言を要しない。また、「動作パラメータを選定し、これを検知して」の点は、右認定の応用例において、ナフサ、酸素、燃料、スチーム、分解ガスの各流量が動作パラメータであることに異論のあるはずはないし、これは人為的に選定され、その値は検知信号として電子計算機に入力されているものであるから、右認定にも何らの誤りはない。更に、「電子計算機により処理し、この出力信号により動作パラメータを補正する機構を操作する」点は、右応用例が、検知した動作パラメータの値をアナコン及びオプコンにより処理し、動作パラメータである酸素と燃料ガスの流量の最適値を試行法により求めるものであり、流量の調整は、アナコン及びオプコンからの出力信号により補正機構を操作して行つているものであるので、この認定にも何ら問題とする点はない。したがつて、第2引用例の応用例の記載からは、本件審決が認定した技術的思想は充分に把握できるのであり、本件審決の認定が第2引用例に開示された事項を超えた包括的で抽象的な認定であつて、誤りである旨の原告の主張は当たらない。また、最適化制御の一般理論(本件審決認定の技術的思想に相当する。)は、第2引用例の発行以前より成立しており、公知の状態であつたのである。第2引用例は、「特集・最適化制御の現状と将来」の標題のもとに編集された論文の1つであつて、そこには、右論文に先立つて、「最適化制御の諸方式」と題する論文(乙第1号証の2)も掲載されており、右論文には、「最適化制御とは制御対象の状態を自動的に目的に最も適した状態に導く制御のことをいう。これを最初に論じたのはドレーパー(Draper)とリー(Li)で、それはエンジンのトルクが最大になるように絞り弁と点火時の調節を行なう問題についてであつた。最適化制御ではこの場合のエンジントルクのように系の動作を評価する基準となる量があり、この値が最大又は最小になるように系が制御される。この基準となる量のことを評価基準又は評価指数(Index of Performance)という。評価指数は対象が外乱に対する系の応答時間、オーバシユートなどのようにダイナミツクスに関するものである場合と、収益最大などのように経済性に重点をおく場合とではかなり異なつた形をとる。」(乙第1号証の2第1頁下欄第1行ないし第13行)という書出しで、最適化制御の一般概念の説明があり、続いて、評価指数を最大又は最小にもつていく手法について、理論式を交えて各種の方法(試行法、頂点保持法、探索信号法、モデル法、モデル法と試行法の併用方式)が紹介され、最後には、30の参考文献が掲げられており、そうした右論文の内容に加えて、このような特集記事が組まれたという事実は、第2引用例の発行当時には、既に、最適化制御の技術に関心が寄せられていたという時代的背景を物語るものであり、また、特集という性質からみて、発行時点以前の技術が集められているもので、参考文献として掲げられている30もの論文からみても、少なくとも、第2引用例の発行時には、最適化制御の一般理論が成立していたことは明らかである。更に、最適化制御も含めた制御理論は、前記のとおり、第2引用例の発行以前に成立しており、これに基づいて個別の装置への応用がなされているのであつて、第2引用例も例外ではない。そして、右一般理論からは、評価基準の一側面である経済的要請や技術的要請は個別の問題でしかなく、また、目的関数も、評価基準の1種にすぎず、呼び名の有無の問題でしかないので、このような個別の事項を捨象すれば、第2引用例記載の応用例の背後ある最適化制御の一般的思想、すなわち、最適化制御を目的として、評価基準を選定し、これから最適のパラメータ値を計算機により決定して所要の条件を満足するように装置を運転するという技術的思想を把握することは充分に可能である。原告は、第2引用例記載の具体的応用例の記載は、いずれも目的関数を設定して行う最適化制御についてのものであり、本件審決の認定は、第2引用例に記載された事項を超えた極めて包括的で抽象的なものであり、誤りである旨主張するが、前記のとおり、第2引用例記載の具体的応用例の記載から最適化制御の一般的思想を把握することはできるのであつて、右主張は失当である。

3  本願第1発明とは第1引用例記載の装置との相違点についての対比判断を誤つた旨の主張について

一般に最適化の解は、それを問題とする際の方針に基づいて評価基準を設定し、この評価基準を最もよく満足するパラメータの最適値を見出すことにより得られるのである。第2引用例記載の装置は、経済的要請からプラントの利益が評価基準として選定され、幾つかのパラメータからなる数式で表現されているのであり、評価基準が利益やこれに類するものであるときに、特に目的関数と呼ばれているのである。一方、本願第1発明の装置は、技術的要請からスペクトル・データが評価基準として選定され、これを基準に制御をするものであり、これも幾つかのパラメータからなる関数である点では、第2引用例記載のものと変わるところはない。ところで、本件審決は、本願第1発明と第1引用例記載の装置とを比較して、本願第1発明が最適化制御に計算機を導入して行つているのに対し、第1引用例記載の装置が手動制御である点を除いては技術的思想に差異がないと認定し、更に、この差異は、計算機による最適化制御が第2引用例に記載されているように公知であり、また、計算機による制御が各分野で実施されている現状から、当業者が必要に応じて容易に着想し得る域を出ないものと認定したのであるから、第2引用例については、計算機による制御の点について比較すべきである。しかるに、原告は、本願第1発明と第2引用例の記載事項とを直接比較して発明の異同を論じているが、これは本件審決の趣旨を誤認した議論である。そこで、第2引用例記載の装置の計算機と本願第1発明の装置の計算機とを比較するに、本願発明の明細書の特許請求の範囲1の記載によれば、そこには、一般的な計算機の構成しか認められず、その役割も評価基準から最適なパラメータ値を決定するためのものであるから、両者は、目的においても構成においても異なる点は見当たらない。もつとも、第2引用例記載の試行法を熱分解反応に応用した応用例では、アナコンとオプコンとの協同により最適化制御の計算処理を行つているが、これは、コストや実験の便宜等から既製の装置を利用したものであつて、理論的には、計算機にすべての処理を行わせることができることは明らかである。次に、両者における計算機動作の点であるが、第2引用例記載の装置の計算機が、原告主張のように動作パラメータを処理している点に異論はないが、具体的には、動作パラメータを入力として評価基準である目的関数を計算機によつて計算処理しているのであつて、評価基準であるスペクトル・データを処理している本願第1発明の装置と対比して、両者の計算機動作は、いずれも、評価基準の計算処理という点で一致するものである。以上のように、最適化の対象においても、計算機の動作においても、本願第1発明の装置は第2引用例記載の装置と変わるところがない。そして、スペクトロメータ装置が複数の動作パラメータを有することは、スペクトロメータ装置の原理上、機構上からいえることである。現に、各種の動作パラメータに着目して、性能(分解能)の改善をはかることは、本願発明の特許出願前公知である。第1引用例における分極磁界の均一性のほかに、例えば、動作パラメータとして試料回転を扱うものに、特公昭34―5947号公報(乙第2号証)、分極磁界の安定性については、特公昭38―9496号公報(乙第3号証)、2重共鳴に関する第2無線周波磁界については、特公昭34―2397号公報(乙第4号証)がある。そして、動作パラメータがスペクトロメータ装置の性能を左右する諸因子を総称するものであるから、第1引用例に示される1つの動作パラメータを補正する装置があれば、他の動作パラメータによる補正、更に、動作パラメータを組み合わせて補正することに着想することは、何らの困難性も伴わない。これは、装置の設計条件(分析対象、精度、コスト等)に応じて、これに適した動作パラメータを選ぶのは当然のことだからである。したがつて、動作パラメータを扱う点で共通する第2引用例の技術的思想を第1引用例に結びつけ、本願第1発明が容易に推考できるとした本件審決に誤りはない。

第3証拠関係

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

(争いのない事実)

1  本件に関する特許庁における手続の経緯及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

2 本件審決は、次に説示する理由により違法であり、取り消されるべきである。

1  成立に争いのない甲第2号証(本願発明の特許公報)の記載を総合すれば、本願第1発明は、動作パラメータを補正するために計算機機構を使用する磁気回転共鳴スペクトロメータ装置に関する発明で、従来、磁気回転共鳴スペクトロメータは、スペクトロメータからの出力スペクトル・データを改善するために、具体的には、幾つかの相続く共鳴スペクトルからのスペクトル・データを時間的に平均してその出力を平均化により消去し、それにより、スペクトル・データの信号対雑音比を改善するために、計算機とともに使用されてきたが、この場合の計算機は、スペクトロメータ装置のスペクトル出力データを補正するためにスペクトロメータに帰還されるべき補正出力を取り出すように、計算機の記憶器中に記憶されたスペクトル・データを処理する操作をしていなかつたことから、本願第1発明は、改善された磁気回転共鳴スペクトロメータ装置を提供することを主目的とし、本願発明の明細書の特許請求の範囲1記載(本件審決認定の本願第1発明の要旨と同じ。)のとおりの構成を採用したものであり、計算機の記憶器中に記憶されたスペクトル・データを処理して補正されたスペクトル・データを得るようにスペクトロメータの動作パラメータ、具体的には、分極磁界の均一性、安定性及び強度、無線周波共鳴励振電磁界の周波数若しくは位相又はその両者、無線周波共鳴励振電磁界の強度、励振無線周波電磁界の周波数対分極磁界強度という磁気回転比の走査速度、スペクトロメータ装置の共鳴受信部分の中のあるフイルタの時定数、試料の2重共鳴分析を行うために試料に印加される第2の無線周波電磁界の周波数若しくは強度又はその両者並びに共鳴線狭巾化のための試料自転速度からなるスペクトロメータの動作パラメータの中の1つ又はそれ以上を補正するところの、補正出力を取り出す機構を具備することにより、より正確なスペクトル・データを得るという所期の効果を奏し得たものと認められる。ところで、前掲甲第2号証によれば、本願発明の明細書の発明の詳細な説明の項には、「計算機はスペクトロメータの次のような動作パラメータの任意の1つ又はそれ以上を補正するようにプログラムを組むことが出来る」(本願発明の特許公報第1頁第2欄第32行ないし第34行)、「……から成るスペクトロメータの動作パラメータの中の1つ若しくはそれ以上を補正する……」(同公報第3頁第5欄第1行ないし第3行)、「……スペクトロメータの動作パラメータの1つ又はそれ以上を補正する……」(同公報第2頁第4欄第30行及び第31行)、「計算機がスペクトロメータの動作パラメータの1つ又はそれ以上を変化する……」(同公報第3頁第5欄第5行ないし第7行)旨の記載があり、右各記載によれば、本願発明のスペクトロメータ装置は、装置全体として複数の動作パラメータを扱えるように構成され、必要に応じてこれらの動作パラメータのうち少なくとも1つを補正するように作動するという構成からなるものであることが認められ、右事実に本願発明の特許請求の範囲1の「……分極磁界中の試験されるべき物質の試料からスペクトル・データを得るための或る動作パラメータを有するスペクトロメータであつて、前記スペクトロメータの動作パラメータの少なくとも1つを補正するため……」という表現態様を総合勘案すれば、本願発明の明細書の特許請求の範囲1にいう「或る動作パラメータ」とは、複数の動作パラメータを意味するものと解するを相当とし、したがつて、本願第1発明の要旨は、右特許請求の範囲1中の「或る動作パラメータ」の文言を右の趣旨に解した特許請求の範囲1記載のとおりのスペクトロメータ装置と解すべきである。この点に関し、被告は、スペクトロメータ装置が複数の動作パラメータを有することはスペクトロメータ装置の原理上、機構上からいえることである旨主張し、この点の公知資料として、乙第2号証ないし第4号証(いずれも成立に争いがない。)を挙示するが、右乙号各証によれば、そこに記載のスペクトロメータはいずれも1つの動作パラメータを扱うものであることが認められるから、被告の上叙主張を認めしめる証拠とはいい難く、他に右被告主張を認めるに足りる証拠はない。かえつて、前段認定した事実に右乙号各証を総合すると、本願第1発明は、右乙号各証に示された装置等を組み合わした結合発明に係るものと認めるべきである。一方、第1引用例記載の装置が本件審決認定のとおりのものであることは原告の自認するところであり、右装置が分極磁界の均一性という1つの動作パラメータを扱うものであることは、当事者間に争いがない。

2  叙上認定したところにより、本願第1発明と第1引用例記載の発明とを対比するに、両者間に本件審決認定のとおりの一致点及び相違点がある(このことは、原告の自認するところである。)ほか、本願第1発明においては、そのスペクトロメータ装置が取り扱う動作パラメータの数が複数であるのに対し、第1引用例記載の装置においては、そのスペクトロメータ装置が取り扱う動作パラメータの数が1つであるという点でも相違するものと認めることができる。そして、本件審決が右相違点を看過し、この点について何らの認定判断を加えていないことは、前記本件審決理由の要点に照らし、明らかであるところ、本件審決が上記相違点を看過するに至つたのは、ひつきようするところ、本願第1発明の要旨の解釈を誤つたことに基因するものであり(なお、原告の取消事由1の主張も右の趣旨に出るものと解することができる。)、このことは、前記本件審決の理由の要点及び弁論の全趣旨に徴し明白である。そうであるとすれば、本件審決は、右要旨の解釈を誤り、本願第1発明が結合発明に関する点についての認識を欠いた結果、本願第1発明の結合発明としての特許要件(新規性及び進歩性)の有無について全く審理判断を加えず、本願第1発明と第1引用例記載のものとの重要な相違点を看過した違法があることに帰し、この点の判断いかんが結論に影響を及ぼすものであることは多言を要しないところであるから、この点において違法として取り消されるべきである。なお、被告が本訴において提示した前掲乙第2号証ないし第4号証は、審判手続において全く開示されなかつた新たな証拠であり、結合発明としての特許要件の有無及びその発明と第1引用例記載のものとの相違点を判断する場合には、審判請求人である原告に引用例として開示し、これについて意見書を提出すべき機会を与えることを必要とする性質の資料というべきであつて、単に審判手続において引用された資料を補充するものとは認め難く、したがつて、上記判断のための資料として、本訴において提出することは許されないものというべきである。

(結語)

3 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法があるこのとを理由に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由があるものということができる。よつて、これを認容することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(武居二郎 清永利亮 川島貴志郎)

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